工事ルポ

大船渡漁港海岸高潮対策(細浦地区水門その2)工事

平時の景観に優れ、津波・高潮襲来時の人為操作を軽減

2011(平成23)年3月11日に発生した東日本大震災は、巨大な津波により東北地方沿岸を中心に甚大な被害をもたらした。津波から財産、生命を守るための防波堤や水門といった施設も、建設時の想定を遥かに上回る波の威力により破壊されたものが多かった。また、水門を閉める操作にあたられていた消防団員の方々が津波被害に遭われており、この大変痛ましい出来事が後日大きな問題としてクローズアップされたのである。
このようなリスクを低減するために水門操作の遠隔化などが進められているが、複雑なシステムのため故障が発生する恐れがあることやコスト面で課題があった。このような課題に対し、日立造船株式会社(以下「日立造船」)、五洋建設株式会社及び当社が開発したのが海底設置型フラップゲートで、手動での操作、複雑なシステムによる故障などの軽減を実現している。
フラップゲートの特徴は、他形式の水門と比較して航行船舶の高さ制限や景観への影響が少なく、津波や高潮時の水門閉鎖に自然の力を利用することが挙げられる。具体的には、平時には海底面に倒伏した状態で函体に格納されるため、船舶の航行に支障をきたすことがなく、かつ海面上に露出する設備が少ない。一方、津波・高潮発生時には、扉体先端部に取り付けられた係留フックを解除することで扉体が浮力を利用し水面まで浮上する。潮位変動などの自然の力が作用することで扉体が起立する仕組みである。
岩手県は大船渡漁港の細浦地区に海底設置型フラップゲートを設置することを決め、2017(平成29)年10月に日立造船と契約を締結。当社は、同社よりフラップゲートの本体となる函体の大船渡港内岸壁からの曳航と現地での据付工事を受注、日本で初めてとなるプロジェクトの一端を担うこととなった。
今回の工事ルポは、2019年12月9日早朝から行われたフラップゲートの据付けについて紹介する。

現場位置図

56本の鋼管杭に函体を差し込む

日立造船堺工場で製作された函体は12月2日に大船渡港永浜岸壁に到着した。その大きさは、全長41m、幅19.5m、高さ19m、重量は吊具を含め1,681tという巨大なものだ。この函体の据付けに使用するのが1,800t吊の全旋回型起重機船であるが、この起重機船に吊り込まれた函体を目の当たりにすると、想像以上の大きさに正直なところ驚かされた。午前6時から朝礼開始、起重機船は6時30分過ぎに仮置き場所の永浜岸壁を離れ、据付け場所となる細浦地区に向かう。当日は、寒さは厳しいものの風もなく据付けには絶好の天候に恵まれた。
起重機船は細浦地区の防波堤の開口部から静かに入り、所定の位置にセットされた。文章では簡単そうに見えるが、細浦地区の東第1防波堤と西第1防波堤の間は起重機船の幅より多少広い程度であり、また狭い海域で右に45度旋回しなければならず、アンカーリングも複雑になる。このあたりは、起重機船団の熟練の業が光るところだ。
そして、函体の据付けは8時頃から開始された。フラップゲートの函体には56本の鞘管があり、海底に打設された同数の鋼管杭に差し込んで固定する。現場を指揮する清水幸三所長は「今回の工事は全ての作業が初めてで、特に4本のガイド用基礎杭以外の水中部にある鋼管杭52本に、いかに函体をスムーズに差し込められるかが一番の鍵」と話す。
まず、函体据付け時の法線誘導を既設岸壁で職員がトータルステーションを使って行い、その後、海面から出ている4本のガイド用基礎杭から函体を挿入していくのであるが、この据付けに威力を発揮したのが、当社が新たに開発した3次元ケーソン据付管理システム「函ナビ-VR」である。

ICT施工の威力を発揮

「函ナビ-VR」は、ケーソンなどの据付工事を対象とした据付誘導システムとして、これまで数多くの現場で使用してきた「函ナビ」を3次元に拡張したシステムで、工事対象物の周辺構造物や海底地形の3次元情報を事前に登録しておき、据付け中に周辺構造物との位置関係を3次元で確認できるようにしたものである。

函ナビ-VRの画面。海中にある鋼管杭が鮮明に表示されている
鋼管杭と鞘管の干渉を確認状況

大型起重機船のオペレーターからは函体そのものが陰となって、ガイド用基礎杭の位置を直接確認することができない。そこで、「函ナビ-VR」を使い、ガイド用基礎杭と函体の挿入部分を確認しながら据付作業を行った。
函体の誘導イメージはこうだ。

① 函体端部4点に視準点を設置し、トータルステーションで計測を行う。

② 函体に傾斜計を設置し、計測値を無線でパソコンに伝送する。

③ 函体据付時の所定の位置と実際のズレ、水平・鉛直性(傾斜)をリアルタイムに把握、オペレーター室に設置したモニター画面に表示させる。

これにより、函体の鞘管をガイド用基礎杭に挿入、函体の沈設・最終据付直前においてクレーン操作による微調整が可能となり、高精度での据付けが実現できるのである。
また、海底に打設された鋼管杭のデータ(座標)をシステムに取り込んでいるので、事前検討の段階で鞘管とのクリアランスが問題となる可能性がある杭も予測できる。ちなみに鋼管杭の直径は1,000㎜、鞘管の内径寸法は1,330㎜なので、クリアランスは片側165㎜しかない。実際、その杭への鞘管挿入時にはかなり難しい操作が必要となったが、画面上で杭と鞘管のクリアランスを確認できることでスムーズに据付けを進めることができたのである。

既設鋼管杭と鞘管の位置関係を上から見た画面
右は特定の杭と鞘管の位置関係を拡大したもの。クリアランスが確認できる

多くの関係者が見守る中、午前11時頃には無事に着底。発注者による測量確認も完了し、日本初となる海底式フラップゲートの完成に向けたステップの第一段階を終えることができた。
清水所長は「杭と鞘管とが干渉するかどうかの判断に大いに役立ちました」と、今回導入したシステムの威力を称えた。従来、熟練オペレーターの技量に負うことの多かった港湾構造物の据付けであるが、こういったICTを活用した施工技術の開発は、若手の技能労働者不足に悩む建設業界で一層進んでいくであろう。

夜明けとともに永浜岸壁から出航する起重機船
細浦地区への入港の様子
トータルステーションで位置を確認する職員
函体の据付け状況
着底したフラップゲートの函体
上空から見たフラップゲート

フラップゲート引渡しへの道程

フラップゲートの函体据付けは終わったが、当然のことながら全てが完了してはいない。この後、吊ピースやガイド杭の切断、基礎杭と函体を一体化させるためのグラウト充填、ガイド杭及び函体内部への中詰めコンクリート打設など、海中で行う工種が続く。
そして、津波・高潮時に起立することになる扉体の設置は3月中旬、扉体の起立確認は4月となる見込みである。
清水所長は「フラップゲートの管理塔内部にも中詰めコンクリートを打設します。潜水士による打設ですが、これも難しい作業です」と、函体の据付けが完了しても緊張の日々は終わらない。無事故無災害で施工を進めていくのは建設会社としての務めであるとともに、必ず全うしなければならないことだ。

近年、日本全国で自然災害が多発し、かつ激甚化している。そのため、国民の安全・安心を守るためのインフラ整備事業が進んでおり、我々建設会社の果たすべき役割も大きくなってきている。そのため、多くの人が求める技術や装置を開発していくことは我々民間企業の使命でもある。今回の工事はまさしくその期待に応えるものであり、一日も早く完成させて地元の方々の笑顔を見たいと思う。

潜水士によるグラウト充填の様子
細浦地区フラップゲートの完成予想図(岩手県提供)
清水所長
作業所のメンバー。左から橋野弘憲(工事担当)、岡畑大樹(工事担当)、清水幸三(現場代理人)、小沼健人(工事担当)、泉田城史(主任技術者)
工事名称 大船渡漁港海岸高潮対策(細浦地区水門その2)工事
工事場所 岩手県大船渡市末崎町地先 大船渡漁港(細浦地区)
工期 2019年7月1日~2020年6月30日
発注者 岩手県
元請会社 日立造船株式会社
一次下請会社 東洋建設株式会社
工事概要

基面整正工1式

フラップゲート本体据付工1式

グラウト充填工1式

ガイド杭工1式

中詰コンクリート工1式

扉体取付工1式

安全設備1式